シンガポール生活あれこれ


by mapleleaf1217
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守宮啼く夜 2(水の粒子)

安藤美保さんは、俵万智さんも所属している(ていた?)
「心の花」という、歌人の佐佐木幸綱氏が主催する結社に属していて、
1990年代のホープ、と言われていた方です。
大学の国文科で、日本の古典を学ばれていて、
その研究の為、比叡山に旅行中、事故で命を落とされました。
まだ、24歳の若さでした。
経歴を読むと、まさに勉学に精一杯励んで、燃え尽きた人生だったように
思われます。
ご両親が、「あの子の人生は、思えば短距離走者のようだった・・」
と書かれていましたが、まさにその通りだったのでしょう。
この歌集を始めて読んだ当時は、
私のように怠け者で、何の取り柄もない者が、
のうのうと生き延びている事が、何かとてもやり切れなかったのです。
せめて・・せめて・・と見よう見まねで、その時何首か歌を作りました。
それが、短歌を始めたきっかけです。
けれど、歌については何の知識も持ち合わせていなかったし、
結社に属す事など思いもよらなかったので、研鑽を積む訳でもなく、
時々、ぽつり、と言葉が出てくると、書き留めるといった程度です。

表題の「水の粒子」は

 君の眼に見られいるとき
 私(わたくし)はこまかき水の
 粒子に還る

から、用いられた言葉です。
歌は、主に家族と学生生活の事がテーマとなっています。
「水の粒子」は淡い恋の歌。
他には、木を歌ったものも多いです。
「前世は木だったのかもしれない・・」と言った歌まで。
樹木の持つ癒しが、歌集にはあるかと思います。
 
 人に傷つけられたこと
 率先して話し出す友の言葉に
 切りつけられる

 朝一番 父の伸びする声聞こゆ
 うすむらさきの壁を隔てて

 誰からも拒まれている感じする
 暗き書庫より戻りし我は

日常生活のささやかな場面で感じる気持ちに、共感する歌が幾つもありました。
でも
 
 緻密に緻密かさねて論はつくられぬ
 崩されたくなく眼をつむりおり

 悔いありて歩む朝(あした)をまがなしく
 蜘蛛はさかさに空をみており

 そこだけは人の歩みを輝かせ
 きんもくせいの花踏まれゆく

などは、私が言うのも厚かましいのですが、
キラリとひかるセンスがあるなあ・・と思います。
上記の三首は代表作として、紹介されるものです。
「緻密に緻密・・・」には、本当に頭が下がる思いがします。
勉学に勤しんでいた人だから、言える言葉。
その当時、私は論文を書いていましたが、
何ていい加減だったことか・・・。

「悔いありて・・」は、まがなしく、という言葉がポイントになっています。
聞きなれない言葉ですが、「真愛しく」と書きます。可愛らしいとか
愛しいとかいった意味。或いは、悲しい、ととっても良いのかもしれません。
人は何かに迷っている時、視野が極端に狭くなってしまうものですが、
そんな様子を、小さな蜘蛛がさかさまの世界を見ながら、
「クスリ」と笑っている情景が思い浮かびます。
今悩んでいる事は、角度を変えてみれば、大した事ではないんだと。
佐佐木幸綱氏は、さらに、そういう視座相対化の啓示を受けて
失われてしまう、純粋な何か、の喪失感も表現している・・と
記しています。

「そこだけは・・」は、金木犀の小さな花が散って、
金色に染まった道を、歩く人々の光景を歌ったもの。
独特な花の香りまで漂ってきそうです。
道が金色に染まった・・・としないで、
「人の歩みを輝かせ・・」としたところが素敵で、
そしてそこには、踏まれた花の犠牲がある事にも
触れています。それは、光り輝く物の影で、
ひっそりと、実はその犠牲にになっている物がある・・
という事を示唆しているのではないでしょうか。
秋の情景を歌っていながら、とても奥深い歌のように
感じられます。

短歌に精通した方たちが読んだら、叱られそうな感想ですが、
何かやるせない事があった時、ふつふつと湧く怒りに
押し潰されそうになった時などに、「水の粒子」のページをくると、
爽やかな気持ちになれます。
それは、まさに森林浴に似ているのかもしれません。
やはり、安藤美保さんの前世は木だったのかもしれません。

娘が大きくなって、この本を書棚で見つけた時、
共感できる何かがあったら良いな・・・と思っています。

安藤美保著、「水の粒子」、ながらみ書房、1992年
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by mapleleaf1217 | 2007-11-07 16:25 | 休題